立派な酋長

 俺は押しも押されもせね立派な酋長で、立派な女を妻にもち、たのしく暮らしていた。或朝まだ暗い内に浜へ出て、波打際を歩いて行くと、海中からじいっと俺の方を窺っている者がある。何者だろうと思ってよく見ると、編みかけのこだし[#「こだし」に丸傍点](樹皮製の手さげ袋)をかぶったような顔の真中からおやゆびを立てたように鼻がにょきっと突き出ていて、しかもその先端にポツンと鼻の孔が一つしかない怪物が、伸びあがり伸びあがり俺をにらんでいて、俺が歩けば歩き、俺が立ちどまれば止まる。走れば彼もいっしょに走るのだ。てっきりおばけ、と思ったので、持っていた棍棒をとり直していきなりガンと喰らわすと、その刹那どうしたことか、俺の股間がしびれる様に痛んだ。思わずしらず尻餅をついて、つらつら思んみるに、今朝はあわてていたので褌もしめずに出て来た。そのため股間の一物が波に影を落していたのだが、それをおばけと見あやまって、とんでもない憂目を見たのだった。これからの男たちよ、ゆめゆめ褌を忘れるまいぞ、と昔の酋長が物語った。[#ここから1段階小さな文字][#ここから2字下げ](知里真志保――アイヌおばけ列伝(三) 北海道郷土研究会々報 No. 4 より)[#ここで字下げ終わり][#ここで小さな文字終わり] 自分の性器を露出してはいけないという風習は、当然、他人の性器を見てはいけないという風習と結びついている。 このようなアイヌの習慣に関連しての逸話は日本側の江戸時代古文書にも散見される。立松東作の東遊記(天明4年)には、「蝦夷人人と道理をいいつのり、道理にまけたる方より勝たる方へ物をとる。之をツクナイという。償なるべし。是につきておかしき話あり。日本人の舟に蝦夷の小舟をつけ居たり。日本人あやまりて其舟へ小便をしければ、腹立てさまざまねだりけるを、小便には非ず水をこぼしたるなりと欺きけれども、中々得心せず、水にあらざる印は前のものを見たりという。其時日本人望みの如く物をつかわし、さて言いけるは、人のかくす処を見ること無礼なり、此罪は如何するぞとねだり返しければ、蝦夷人こまりて取りたるツクナイに、又々そえをなしてツクナイを取られたりという」とあるように、アイヌは他人が性器を出していてもこれを見ないのを以て礼儀としていたのである。それ故にこそ和人に小便をかけられながら、おとなしく償を出したのである。 勝知文の東夷周覧(享和元年)にはメノコの女陰を見た和人が償をとられそうになってやっと助かった話を次のように記述している。「或時茂左衛門会所に独り閑然たる折からメノコ一人来り居りしが、いつしか寝臥したりしかば、茂左衛門叱ていう、汝我前をはばからず、まさしく陰門を出せしは不敬にあらずやという。メノコこれを聞き、喪胆して起きあがり、問ていうよう。然らば見られたるや、という。茂左衛門答て如何にも見たりという。さらば償を賜るべしという(此国の法とて男子女子の陰門を見れば、償を出すことなりという)。茂左衛門聞て、汝が申す条もっとものことなれば、償を出すべし。さりながら、我は公命によりて郷里の妻子を捨て肝胆をくだし此処に来るものは、畢竟我等救命の故あり。然るに汝等我に陰門を見せ、すこしく淫心の気を生ぜしめしはこれ汝が罪なり。この償は汝が方より出すべしといえば、メノコ笑って去りしという。」

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