よく己の顔を見るがいい

男 お前は己の顔をみたがっていたな。もう夜もあけるだろう。よく己の顔を見るがいい。A その顔がお前か? 己はお前の顔がそんなに美しいとは思わなかった。男 己はお前の命をとりに来たのではない。A いや己は待っている。己はお前のほかに何も知らない人間だ。己は命を持っていても仕方ない人間だ。己の命をとってくれ。そして己の苦しみを助けてくれ。第三の声 莫迦《ばか》な事を云うな。よく己の顔をみろ。お前の命をたすけたのはお前が己を忘れなかったからだ。しかし己はすべてのお前の行為を是認してはいない。よく己の顔を見ろ。お前の誤りがわかったか。これからも生きられるかどうかはお前の努力次第だ。Aの声 己にはお前の顔がだんだん若くなってゆくのが見える。第三の声 (静に)夜明だ。己と一緒に大きな世界へ来るがいい。[#ここから2字下げ]黎明《れいめい》の光の中に黒い覆面をした男とAとが出て行くのが見える。[#ここで字下げ終わり]

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[#ここから2字下げ]兵卒が五六人でBの死骸を引ずって来る。死骸は裸、所々に創《きず》がある。[#地付き]――竜樹菩薩に関する俗伝より――[#地から1字上げ](大正三年八月十四日)[#ここで字下げ終わり]

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