多幸な日本の将来

[#7字下げ]四[#「四」は中見出し]

 多難にしてまた多幸な日本の将来を想ふとき、私は、今日の青年諸君が、一人々々、美しく、逞しい夢をもつてゐてほしいと思ひます。 青年の夢は、もとより国家の理想につながらなければならぬ。そして、それは飽くまでも、自分の至誠と情熱とを土台とし、信念にまで高められる「志」となつて、はじめて輝かしい希望の色を帯び、雄大な気宇を生むのです。「志」を立てるとは、それゆゑ、国民の一人として、男女の別なく、己の進むべき道をはつきり見定めることであるけれども、そこにはおのづから、境遇の制約があり、個人の力量に応じた道の選択があるべきで、そのことは夢の美しさ、逞しさを少しも阻害するものではありません。なぜなら、昭和の聖代に於ける国民一人々々の「志」は、或は臣道の実践と云ひ、或は職域奉公と云はれるもののうちで十分にそれが遂げられるばかりでなく、そこには、嘗ての時代に見られなかつた、青年への限りない期待がかけられてゐるからです。 戦線に立つて弾雨を浴びるものの大部分は青年であり、生産の場で全身汗となつて働くものの多くは青年であるといふ事実は云ふまでもありません。私たちは、大東亜の建設を目指す長期の国家活動が、今日の青年の手に俟たなければならぬと信じるがゆゑに、その青年の現実のすがたが、すべて、その任にふさはしく、大国民たるの力と品位とを示すものであることを希ふのであります。 こゝに、新しい日本青年の理想の型が生れて来なければなりません。 理想の型とは、いはゆる「典型」であります。かくあるべき最上のすがたであります。男子には男子の、女子には女子の典型が考へられる。しかも、それは根本に於て全日本青年に共通なものを含みながら、なほかつ、それぞれの個性を生かし、職能の特色を発揮し、年齢の段階をはつきり示したものであります。 今日まで、およそ軍人を除いては、社会一般に、この典型なるものを閑却してゐました。それがために、「類型」がはびこつた。「類型」とは一見それとわかる月並な型をいふのであります。役人の型とか教師の型とか、或は商人の型とかいふのがそれです。職業が知らず識らず風貌と言動の上に与へる習性、または固癖のやうなものであつて、それは常に一種の臭味を伴ひ、多くは反感と侮蔑の種を蒔きます。

— posted by id at 10:24 am  

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