青年の一つの「夢」

 彼の職業は微々たる一郵便配達です。しかし、彼の存在は、さうなれば、おそらく村の光明であり、郷土の力であらうといふことを、私は固く信ずるものです。 青年の「夢」が、いはゆる「栄達」であるといふことは、誠に悲しむべきことであります。なかには、地位と権力とを得なければ天下の大事を成し遂げ得ないではないかと云ふものもあります。「天下の大事」とは抑もなんでありませう。国民の一人々々が真の実力を蓄へ、その実力を完全に発揮することより外に、天下の大事などといふものは考へられません。真に有能な職工を得るためには、親子三代その業を継がさねばならぬとまで云はれてゐるのです。さういふ職工が日本に幾人ゐるでせう。そこにも亦、ひとつの「夢」がある筈です。青年が子孫の時代のことを考へてはならぬといふわけはありません。

[#7字下げ]二[#「二」は中見出し]

 青年の一つの「夢」は、なんと云つても、恋愛と結婚でありませう。

 このことについては、他に語る人があると思ひますが、一国の文化といふ見地から、そして、夢と現実の問題にからませて、青年の恋愛と結婚について一言しませう。 とにもかくにも、異性相惹き、相結ぶといふことは人生に掛ける最も普通の、そして、最も興味ある「出来事」であります。古来、多くの詩歌や物語が、繰り返し繰り返しこれを主題として飽きないといふのはそのためであります。 まづ、人間の心理、または行為としてこれをみる時に、恋愛は複雑微妙な変化に富み、濃淡色とりどりの多彩な絵巻物となり、時には波瀾をきはめた劇的情景を繰りひろげるのに反して、結婚は、殆ど常に恋愛の終局と考へられ、或は単に「家を持つ」ための便宜手段であるかの如くみられがちであります。 従つて、恋愛は屡々猥らな情事と混同され、結婚は往々にして事務視されるといふ、甚だ憂ふべき傾向を生じます。

— posted by id at 10:20 am  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.1852 sec.

http://aksarat.com/